城所理事長コラム　

〜第９回〜　「ヤクザさんに、筋を通してご挨拶！」

　事務所の中に入ってみると、がらんとした事務所でした。居合わせたキャリアウーマンのような女性に「赤坂警察署長に教えていただいて参りました赤坂田町通りの商店会の会長ですが・・・」と用件を伝えようとすると、それを耳にしたのか奥から中年の男性が出てきました。

　りゅうとしたストライプの背広を着こなしたサマは一見ビジネスマン風でしたが、頭はスポーツ刈りというんですか短めで、また目つきが鋭く射すくめられるようでした。

　わたしはおもむろに話し出しました。不思議と、怖くもなんともなく落ち着いていて、冷静に「こんど赤坂田町通りの道路改修工事をすることになります。ついては港区からの要請で署名を集めなければなりません。そこで、ご了解を得ようとご挨拶に伺いました」と口をきることができました。

　すると、その方が親分さんだったのでしょう。丁寧に「いやぁ、そういうことでしたら、ここはお宅の通りとは離れていますし、わざわざ丁重にご挨拶いただく筋ではないんじゃないですか」と返されました。
　こちらとしては「いえ、お宅さまが関係なさっている方がウチの通りに店を出しておられると聞いています。そういうお店に、こちらさまから事前に、わたしどもが署名のお願いに伺った際に快くハンコを押していただくようお気使いしておいていただけたら有難いのですが・・・」と一歩踏み込んで、その真意を伝えました。

　そうと知った親分さん、厳しかった顔つきが優しい笑顔に変わって「そうですか、直接それらの店にいらっしゃればいいのに、筋を通して当方にこられたとは、そりゃあ恐縮です。わかりました。では、さっそく」と、わたしの目の前で自分から受話器をとってダイヤルし、それら十件ほどの店に「商店会の役員の方が行ったら、失礼のないように、すぐハンコを押すように」と厳命したのです。

　その電話を終えた彼は、こんどはわたしを直視して「もし今後お宅の通りでなにか問題が発生したらですが、お宅たちは素人さんですからウチの息がかかった店に駆け込むわけにはいかないでしょうが、ご存知でしょうけれど○○○という店があって、ここは組の関係ではありませんから問題を持ち込んでくださって結構です。そことは気心が通じていて、すぐウチに一報が入るはずで、そうしたら私どもで、お宅に迷惑がかからないかたちで物事を処理しますから、遠慮なく利用なさってください」との申し出です。

　その「お宅たちは素人さん」で「ウチとは関係ない」点を強調する彼の口調に、言外で「ウチの関係者が、お宅たちにはたらきかけることはない」と匂わせているようでした。

　いってみれば警察署長のご印籠があったようなものではありましたが、さすがに親分さんだけあって、人の心を読み、人心を掌握することに長けているなぁと、わたしは、その配慮にひとしきり感心したものです。
　そして彼が繰り返した「筋を通す」という言葉が、なにかとても大切なことのように耳に残りました。

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